■チューリップ 八重咲き■
3月〜6月くらいまで店先に並ぶ。
春の花としてとてもポピュラー。かわいらしい印象の強い花だが、花びらを大きく開いた姿はとても色気があり、
最期の立ち枯れた姿も一種独特な表情を合わせ持っている。
種類や色がとても豊富なので、それぞれじっくり観察してみるのも楽しい。
■話の内容はフィクションです
14:00過ぎにシャルルドゴール空港へ着いた。
12時間のフライトは予想以上に退屈で、肩の凝りを苦痛に思いながらの長旅だった。
ことの始まりは、1ケ月前にかかってきた兄からの電話。
「お前、暇なんだろ。代わりに行ってこいよ。俺だって行けるもんなら行きたいさ。でもクジでパリ旅行が当ったから
1週間休みますなんて、口が裂けても言えないだろ。ゆずってやるよ」
どうせ俺は暇人さ。
去年、大学を卒業してから営業マンとして十数年働いた会社を退職した。
辞めさせられた訳でもない、ただ何となく。間が刺したとでも言おうか、あっさりと辞めてしまった。
それなりの成績も残したし、それなりの役職にも就いていたが、早期退職の希望者を募る書類が回ってきた時
当然のように希望者欄に判を押し、その時が来るまでいつも通り過ごした。
パリは粉雪がちらつく寒さで、コートの襟を立てて足早にホテルへ向かった。
部屋に入るとすぐに靴を脱ぎ、ベットで大の字になって寝転んだ。「こんなに疲れるなら来るんじゃなかった」と後悔
しながらも、来てしまったんだから仕方ない。5日間もあるんだからゆっくりブラブラしようじゃないか。と思い直した。
建物は昔からのものを何度も修復し、利用されている。
白の下はクリーム、青、グレー、焦げちゃ、その時代を反映しているのだろうか。
手の摩擦によって黒光りしている鉄の取手。水蒸気でうっすらと曇っている歪んだ窓ガラス。
いつしか歩くスピードが遅くなり、空気の香りを感じる様になっていた。
親父が生きていたら、今の俺を見て何と言うだろう。
異国の空気がセンチメンタルにさせたのか、思いもよらぬ疑問が浮かんだ。
晩酌の時は、必ず幼い俺を膝の上に乗せていた親父。のびかかった髭を顔に擦りつける感触が昨日のことのように蘇る。
急に懐かしくなってホテルに置いてきた手帳を開いてみようと思い立ち、足早に来た道を引き返した。

旅立つ前日、母がごそごそと引出しの奥から薄汚れた手帳を取出し「これ、持ってきなさい」と半ば強引にスーツケースに
押し込んだ。
「お守りになるだろうから」という言葉に「俺もう40過ぎてんだけど」と思いながらも、逆らえずそのまま持ってきた。
親父が、20代にパリを旅した時のものらしい。
日が暮れてから外出するのも面倒だったので、ホテル近くのサンドイッチ屋でバケットにハムとチーズを挟んだものと
ビールを買っておいた。それを頬張りながら寝転んで手帳を開いた。
永年閉じられたままのそれは、少しかび臭く、茶褐色に変色して今にも破れそうだったので身体を起こしページを進めた。
大学時代に第2外国語としてフランス語を舐めていた頃のかすかな記憶と仏和辞典を片手に単語を追う。
ほとんどは「何処そこへ何時」とか「01 24 33 05」などの電話番号らしきものだったが、カギを挟んである
ページだけは違った。
「平常心を保つには、いつもの状況をつくり出すことが大切だと何かに書いてあった。だとしたら自分は花を一輪飾ろう。
日本では男が花を買うなどということは、恥ずかしくて出来ない。でも恥もひったくれもあったものか、清水の舞台から
飛び下りる覚悟で店先の一番最初に目に入ったものをマドモアゼルに手渡した。「チューリップ」というらしい。
これで俺も平常心になれる。」
前後の文章もなく、これだけでは何がなんだかわからないが負けず嫌いの親父だったから、恐らく失敗をしたとか、
悔しい思いをしたとかということだろう。でもなぜ花なんだ?別に好きな酒でも、タバコでもいいじゃないか。
ビールで程よく酔いのまわった身体を、外気にさらしながらなおも考えた。
手足の冷えを感じ始めた頃、何度も聞かされた話の記憶が少しずつ蘇ってきた。
祖父母が商っていた小さな花屋で育った親父は、花や枝のヤニで黒くなった両親の手をどうしても好きになれなかった。
一年中ガサガサした手が嫌いだった。でもある時それは働き者の、綺麗な手だと気づいたという。
懸命に働いている親の姿を誇りに思うようになったし、とても感謝していると。
「チューリップ」それが若かりし頃の親父の祖父母に対する感謝の気持ちだったのかもしれない。
俺は、親父やお袋に感謝の気持ちを伝えたことがあるだろうか。いや、ない。
無いどころか親の存在を当然だと思っていた。感謝なんてしたこともないかもしれない。
そして親父はもうこの世にいないんだ。
自分の腑甲斐なさにがく然とし、しばらくその場に立ち尽くした。
あれからどのくらい経ったのだろう、辺は静まりかえり、規則正しい時計の音だけが聞こえる。
明日、俺も花を買おう。もちろん同じものを一輪。
そして楽しんでから、花びらを2枚手帳に挟んで日本へ帰ろう。
1枚は親父へ、もう一枚はお袋へ「ありがとう」の言葉を添えて贈ろう。
生まれて初めて、自分の中に熱いものが湧いて来るのを感じながら、残り僅かなビールを一気に飲み干した。
■使用した古い道具■ パイ皿、鍵
point :"PAUL KLEE"の絵を想像させる貫入やナイフなどによる傷が入っている器なので、
花を生けるのではなく、鍵を生ける感覚にしました。
鍵は花の茎を安定させる重しのような役割もあります。
また、チューリップは茎の部分を手で数回軽くしごくと、好きなように彎曲するので、色々な表情を出せます。
堅いつぼみから、豪快に開いた表情までゆっくりと楽しんでみて下さい。 担当:ヨネハラ
■その他の素材■ カレンダー
水分の多い花びらを押し花にする時は、和紙などの間に挟んでから重しを
した方がいいと思います。
また、綺麗な押し花を作るには新鮮なものを使った方が色をより綺麗に
残すことができます。(これはドライフラワーにするときも同じです)
香りをつけたい時は、直接ではなく和紙などに振り掛けるのが良い
でしょう。(直接だと色が変色することがあります)
今回のストーリーの一部は、ヨネハラが初めてパリを訪れた際のできごとを
元に
しています。
左は、クリニャンクールの骨董街の様子。といっても土日月が営業日なので
訪れた金曜日はほとんどの店が閉まっていました。
小さな店が3000軒以上も集まった、大規模な骨董街。とても1日では
見つくせません。
右は、ヨネハラが実際にチューリップの花を買った花屋さん。
この日は残念ながらお休みでしたが、雰囲気の良さが伝わってくる
外観でした。
まだまだ寒いからでしょう、さすがに色とりどりの花は咲いていませんでした。
寒さをじっと堪えている枝や、堅く蕾んだつぼみ、みんな暖かい春を待っている様です。早く暖かくなるといいですね。