■ビブルナム・ティヌス■ スイカズラ科 ガマズミ属 原産地:地中海地方
多数の枝を密生し、白または淡紅白色の小さな花が咲きます。
秋には卵円形の黒〜青紫色の果実が多数できます。
■話の内容はフィクションです

カウンターの右端にあるビバーナムをぼんやり眺めながら、日奈子、マスター、俺の3人だけのクリスマスパーティーを
のんびりと楽しんでいる。
さらに強くなった雨音を気にしつつも、咽越しの良い赤ワインを追加するか。と最後の一口をゆっくり舌で味わった。
この中年3人だけの華やかとは言えないクリスマスパーティーを最初に企画したのはマスター。
それも10年前のことになる。
その頃、数カ月前に夫人を亡くしたマスターが「寂しい俺のために、3人でパーティーしてくれないか。」と
話を持ちかけられたのが切っ掛けだった。
もちろん、その時はこんなに永く続くとは思ってもみなかったが、今となってはこれがなければ年を越せないくらいの
恒例の行事になっている。
日奈子と出会ったのもその頃。パーティーを開くことになる、2ヶ月前のことだった。
俺は花屋で将来自分の店を持つために毎日朝から晩まで働いていた。
その日もいつも通り大田花きへ仕入れに行き、競り場に腰を卸した。缶コーヒーを飲み、売参番号を入力していると
右肘を突いてくる奴がいる。顔を上げるとにや〜っと笑いながら敦がこちらを見ている。
「今晩、ちょっと行く?」この行くは、飲みに行くを意味している。
酒は嫌いじゃないから飲みに行くのはいいが、この敦とだけは気が乗らない。
「敦のちょっとは、一晩中だろ。ここんとこ寝不足なんだ。それに、明日はブーケ作らなきゃいけないし。断わるよ。」
「あれ?そんなこと言っちゃっていいのかな?敦ちゃん振っちゃって、後悔するよ〜。」
「だからそれがしつこいっていうの!」腕に絡んでいる敦の手を振払った。
「し〜、お前だけに聞こえる天使の囁きなんだぞ。ちゃんと聞いとけって。」
妙に真顔な敦を見て、渋々耳を傾けた。
敦は、俺と同期だがアルバイトを始めて1年であっという間に独立してしまった。
赤坂に小さな店を構え、大変大変と言いつつも5年続けている。
某有名大学を卒業後、弁護士を目指し司法試験の勉強をしている最中、何を思ったのか突然花屋の世界に転がり込んで来た。
やはり頭の回転と器用さが俺より数倍優っているのは、誰から見ても一目瞭然といったところだろう。
今夜、その某有名大学時代のご友人たちが合コンを開くらしく、お相手は某有名女子短大ご卒業のお嬢様たち。
要するに頭数合わせに敦が誘われたのだが、一人じゃ浮きそうだから俺にもついて来い。ということだった。
なんで俺がそんなピャーピャーしたところに行かなくちゃいけないんだよ。
俺が赤面症で、人見知りだっていうのは敦が良く知ってるだろう?断わる。
「人のブーケばっかりつくっている間に5年、10年.....。あ〜、お前の棺桶にブーケを入れることになるとはな〜。」
嫌な一言をいい残して、競りの様子に目を移した敦の横顔を睨みながら、チャンスを待った。
敦は「何すんだよっ!」回りの人がぎょっとする程大きな声で叫び、立ち上がった。
それもそのはず、敦の机に手を伸ばしてサンキライを最高値で落札してやったのだ。
ふふん、ざま−見ろ。俺様だって、やるときゃ やるんだ。
今となって思えば、あの時敦の罠にはめられたのは、まさしくこの俺だった。
銀座は配達で慣れ親しんだ場所だが、飲み会それも合コンとなっては緊張しっぱなしの大人の街だ。
敦は調子の良い性格を最大限に活かして、楽しんでいる。ご友人たちも、慣れた様子でお嬢様方を笑わしたり、茶化したり。
「やっぱり場違いだったよな。」
あと1時間待てば解放される。時計をチラチラ見ながら、こうなったら明日のブーケの手順に集中しようと目を閉じた時、
左肘を突かれた。
「もう結構です。」ワインのお変わりを薦められるのかと勘違いした俺は、目を閉じたまま答えた。
「具合悪いの?」予想していなかった答えに、聞こえなかった振りをしようとしたが、自然と目を開け、顔を上げていた。
「具合悪いんですか?」同じ問い掛けを繰り替えした彼女は、目鼻立ちのはっきりとした利発そうな子だった。
「いや、違います。」
「少し外に出ます?私、そろそろ帰らなきゃいけないし、酔いも覚したいから。」
「そうですか。」
エレベーターで1階に降り、4丁目の交差点を眺めながらしばらくお互い口を聞かなかった。
「そろそろ時間じゃないですか?」やっとどうにか口を開いた。
「あと、30分くらい。」
それから何を話したのかはっきりとは覚えていないが、俺が一方的に花の事を喋りまくっていた様な気がする。
「今度伺います。」
そう言い残して彼女は銀座線の通る、地下通路へ消えて行った。
それから一週間後、いつも通り早朝4時に仕入れに行こうと扉を開けるとジーンズにスニーカー姿の彼女が立っていた。
「どうしたの?」
「え〜、どうしたの?って、約束したじゃないですか!仕入れに連れて行ってくれるって言ったんですよ、
覚えてないんですか?」
覚えてますとも、と言いたいところだったが、全く記憶にない。ばか正直な俺は、口籠ってしまった。
「だめって言われても、連れて行ってもらいます!ここまで来たんだから。」
「だめなんて...、車汚いですけど良かったら。」
右から注がれるにや〜っとした敦の視線を無視し続けながら、彼女に競り人の言葉や商品の落し方を説明した。
彼女は競り落とした商品をすすんで運び、衣類の汚れも気にせず手伝ってくれた。
店に戻り、一通りの水揚げ作業を終えた頃グ〜という音が聞こえた。
「聞こえました?」
「昼飯、食いに行きましょうか。」
マスターの作ってくれる独特のナポリタンを頬張りながら美味しいおいしいと何度も頷いている。
「マスター、この実の名前知ってます?」手土産にと持ってきたビバーナムを指差し、さっき俺が教えた名前を自慢げに
マスターに教えている。
あれから10年。横には化粧気のない日奈子が座って、赤ワインのボトルを片手に頬を赤らめている。
「あなた、あなた聞いてる?」左肘を突かれて我にかえった。
「気持ち悪いわね〜、一人でにやにやして。敦さんみたいじゃないの。敦さんのにやけた顔って、何か企んでる顔なのよね。
あなたも何か企んでるんでしょ〜。」
日奈子はや〜ね〜、とマスターに目配せしてからまたぺちゃくちゃ喋り始めた。
「マスター、もう一本開けようか。」
■ point ■
錆びたブリキの缶と渋い実ものを合わせると大人っぽい冬の雰囲気になります。
赤いクリスマスも良いですが、時にはこんな感じもいかがでしょうか。